ココロがふんわり丸くなるお坊さんの言葉

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ココロがふんわり丸くなるお坊さんの言葉

「頑張ってるのにちっともいいことがなくてもう疲れちゃった」
「もう何もしたくない」
「自分の考えはおかしいのかもしれない」
どうして自分ばっかりと悩みの種は人それぞれですが、自分が不幸だと悩むことは決しておかしなことではなく人間は誰もが経験することで人間に生まれてこの世にいることはどうしようもなく変えられないものです。
人生とこの世の理をズバッと的確に語るお坊さんの言葉はイライラして聞く耳を持てない時ほど不思議とココロに響き、そしてトゲトゲしてしまったココロをふんわり丸くしてくれます。

 

日本人のココロと「禅」の教え

蓮の花

お坊さんの修行には「自分自身に目を向けて、本来の自己とよばれる自分自身を探す旅」
という意味があります。
あえて寒い冬に滝に打たれたり、お腹が空くのに断食したり、足がしびれるのに座禅したり、無駄を省いた慎ましやかな暮らしをすることで外へと散らばってしまった意識を自分の中に取り戻すという目的があります。

もともと島国ならではの人と助け合い支え合って生きていく精神を持つ日本人ですが、近年スマホやタブレットが普及しSNS依存が原因で人と関わることに気を取られるあまり自分の本当の気持ちや考えを見失いがちです。
そんな時代だからこそ「余計なことは考えない、シンプルな生き方」を教えてくれる禅宗のお坊さんの言葉は私たちの混乱して散らばってしまったココロを凛と正してくれるのです。

 

「大哉心乎」(おおいなるかなしんや)

芝生に寝そべる女性

最初にご紹介するのは「大哉心乎」
人の心は本来自由で大らかなものだよという意味があります。
私が禅の教えにに興味を持ったきっかけになった言葉で、京都旅行でたまたま時間を持て余しふらりとたどり着いた建仁寺というお寺で出会った言葉です。

▼入り口にどどん!と飾られています。

▼偶然かはたまた何かの縁なのか?たまたま訪れた建仁寺は日本最古の禅寺だそうです。

▼金箔が眩しい風神と雷神の描かれた美しい屏風や・・・

▼天井には見事な龍が!

▼お寺を出るときは金魚がお見送りしてくれます♡

「大哉心乎」
先のことを考えてはいつもがんじがらめになってしまうココロをふわっと楽にしてくれるとってもありがたい言葉です。

 

「壷中日月長」(こちゅうにちげつながし)

瞑想をする女性

「壺中」とは仙人の住む桃源郷ではなく、現実の齷齪(あくせく)働いている職場や狭い我が家のことを意味します。
「日月長し」とは24時間、時間に追いかけられるばかりでただなんとなくガサガサと過ごすのではなく時間は自分が目的を持って使うものという意味があります。

どんなに修羅場な職場や家庭の中(壺中)であっても「私が」という自己中な考えは一旦置いておき、やるべきことを大きな心で取り組めば時間なんかに追われない悠々とした人生になり(日月長)、自由な時間と精神が生まれて、今いる社会でも桃源郷のような自由と幸せのある世界を生きることができるよという意味があります。

 

「行雲流水」(こううんりゅうすい)

空を見るカップル

空を行く雲や川を流れる水はいつも同じ状態ではありません。
雲の表情は一瞬一瞬ごとに変わり、いつの間にか消えてまた生まれます。
流れる水も常に変化して様々な表情があるように、「行雲流水」は私たちの人生を自然現象に例えた言葉です。
雲にはやさしい風ばかりではなく嵐を呼ぶ雷雲もある。
水の流れにも瀬があり曲がりくねってまっすぐな流ればかりではありません。

長い人生もまた同じように順風満帆ばかりなんてありえない。
どんなに障害があっても、喜怒哀楽様々な出来事の中にあっても、常に心はその一処にとどまらず、執着せず、青空に浮かぶ雲のように無心で淡々と、そしてさわやかに生きようよという意味があります。

 

「明珠在掌」(みょうじゅたなごころにあり)

祈る女性

輝くような宝はすでに自分の手の中にあるのに、人はそれに気が付かないという意味があります。
誰にでも持って生まれた才能や能力があり、それを生かすも殺すも自分次第。
計り知れない可能性(明珠)が自分には(手の中)あるのだから、他人から得ようとしたりほかの場所に探しに行っても見つからないよ、因果業報に対して正しい態度をとれるようにするためには、自分にそれだけの基礎がなくてはいけない。
理想を求めて旅をする前に、自分の持つ才能や能力(明珠)を知り、認め、存分に磨く(手に入れる)ことが先決だよという意味があります。

 

「無事是貴人」(ぶじこれきにん)

笑顔の素敵な老夫婦

「無事」という言葉は変わりがないこと、健康であること、平穏であることの感謝や願望を表しますが、禅語としての「無事」には別の深い意味があります。
「無事」とは外に向かって求める心をすっかり捨て切ったさわやかな境涯。
求める心を捨てるといっても無気力無関心や惰性で生きろということではなく、ああなりたい!こうなりたい!という自分の理想を外に求めなくてもいいこと(無事)に気づいた安らぎという意味があります。

外に求める心を捨てて純真無垢な自分と出会い、そして生き生きと輝いている自分に出会いましょう。それにそういう人は老若男女や貧富地位の別を超えて本当に貴い尊ぶべき人(貴人)ですよという意味があります。

 

昔から人はみんな悩んでた

瞑想をする女性

私はちょっとおかしいのかもしれない。
私は人とまともに付き合えない人間なのかもしれない。
思春期の女の子も、大人になっても、おばあちゃんになっても生きている限り人は何かしら悩みます。
ありがたい言葉を生んだ禅宗のお坊さんたちだってお坊さん自身が悩んで悩んで、修行しては考えて、また悩んだはずですよね。
決して楽しいばかりじゃない山あり谷ありの人生を経験した大先輩のお坊さんの言葉は「いつだって自分らしさを見失わないようにね」というとても優しい言葉なのです♪

 

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著者:まつもとなみ

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1984年生まれ。
イラストとライティングのお仕事をしながらのんびり田舎暮らし。
料理好きの食いしん坊で「食」への深い興味から薬膳コーディネーターを取得。
8年間のエステティシャンの経験で学び、感じたことを生かして女性のキレイを応援し続けたいと思っています。







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